人は毎日、時間に追いまわされ、生活に慣れてくると、ふと孤独を味わいたくなるような気持ちに襲われる時がある。
都会の中で生活をしていると、特にそんな気持ちにさせられる事が多いのではなかろうか
このような孤独を味わいたくなるような時、山陰僻地の、この萩のような町が、心の片隅に浮かんでくるのではなかろうか。
誰からも話しかけられない所、そして物言わぬ自然と歴史とが静かに自分一人を見守ってくれる町、こんな町が萩であり都会に住みなれた人々の旅情を充分に癒してくれる所でもある。~~~



萩郷土愛好会編、萩散歩案内記より
(このページの文章は上記の案内記を記された俗塵庵のご主人故沢本良秋様のお許しを得て引用させて戴いております。)

萩の町
萩は、その土地全体が明治維新の遺跡をそのままに残した『化石の如き町』である。狭い路地の両側に生い茂る夏みかんの樹を隠すかのように,古い土塀をめぐらせ、武家屋敷の長屋門や武者窓などが所々にひっそりと建ち並び、観光客の旅情を誘ってくれる町である.。
萩の四季
萩の春は、さわやかな春の風に乗った蜜蜂と阿武川の川面をのぼるシロウオとともにやって来て、萩の町中に可憐な夏みかんの花が咲き、夏みかんの甘い香で目覚め、夏みかんの花の甘いその香で眠りにつける一番よい季節である。ことに5月(サツキ)の萩の空は清く、高く、そして素晴らしい。
萩の夏は魅力的である。コバルトブルーに澄み透った海の色、セルリアンブルーの空の色、白い砂浜と粗野な岩肌、それに松の緑の数々。旅をする者に生きる旅情を味わせてくれ、澄み切ったきれいな空気と共に、萩の景色を吸いこみたくなってくる程の季節である。萩の夏はスガスガシク、本当に気持ちがいい。
萩の秋の空は深く、そして高く澄み切って美しく,空気の味がわかるように感じられる季節である。古い歴史の重みを物語るかのような、崩れかけた土塀の姿。東光寺の苔むした石畳と紅葉との配色。古びた町の低い軒並。物言わぬ老松の間から眺める。落ち着いた指月山の容姿など、浄化された秋の空の色とともに、停止した時間のかなたより古い歴史が話しかけてくるようで、人の心の琴線を澄んだ音色で奏でてくれる季節である。
しかし、この萩の姿も、冬ともなると急に一変し、高かった空は低くなり、どんよりと沈んだ灰色の空の底から涌き出るように吹きつける「北の風」と変わり、海は重く、そして,ニブイ鉛色となり、絞られるように狂い舞う粉雪、白いきばを立てるかのように砂浜や岩礁に押し寄せる灰色の重い波など、萩の冬は誠に暗くて長く、人の心を鉛色の自然の中に閉じこめ、人間の思考の世界を与えてくれる季節である.